【インド占星術から知る、ウェルネスに生きるためのヒント】第6回|星が教えてくれた、休むことの意味
こんにちは、はら匠(はらしょー)です。
前回は、「整える」ことは、足すことじゃなくて引くことかもしれない、というお話をしました。合わないものに無理に合わせない。必要がなくなったものを手放す。「〜しなきゃ」を1つ減らす。
では、そうやって引いたあとに生まれた余白は、どのように使うといいのでしょうか?
最終回のテーマは「休む」です。
「休む」って、寝ることだけでしょうか?
嫌なことがあったみなさんは、「休む」と聞くと何を思い浮かべますか?
ゆっくり眠る。予定を入れない日をつくる。ソファに寝転がる。おそらく、多くの方は「活動を止めること」をイメージされるのではないでしょうか。
私は最近、別の「休み方」があることに気づきました。
そのきっかけは、食事制限です。
実は私、しばらく前からベジタリアン生活をしていて、お酒も断っています。理由は、インド哲学の理解を深めるために学びたいことがあり、その条件がベジタリアンと禁酒だったのです。
正直に白状すると、私にとっては、なかなかの一大事でした。海の幸も山の幸も大好きでしたし、お酒にいたっては、楽しくなってつい飲みすぎてしまうほどでした。
苦戦しつつも、ちょうど健康診断前の断食も重なったある日、ふと思ったのです。
「そうか。これは、内臓を休ませているんだな」と。
横になって身体を休めているわけではなく、いつも通り仕事をしている。
それでも、食べない時間は、消化の負担が軽くなる。
「休む」は、活動を止めることだけじゃない。
何かを「入れない」ことも、大切なひとつの休息なんですね。
インドの伝統的な習慣、エーカーダシー
同時に、第3回でご紹介したエーカーダシーのことを思い出しました。
エーカーダシーは、新月と満月からそれぞれ11日目に訪れる特別な日です。食事を簡素にしたり、断食をしたりしながら、お祈りや学びなど、意識を内側へ向ける時間を大切にする、インドの伝統的な習慣です。
以前は「いつか続けてみたい習慣」と考えていただけでしたが、食事制限をする時間を過ごす中で、エーカーダシーに対する見方が少し変わりました。
エーカーダシーは、「我慢する日」ではなく「内臓の休息日」。
そして、普段とは少し違う過ごし方をすることで、身体や意識を日常の流れからいったん離す日でもあったのかもしれない、と。
月が満ちて、欠けて、また満ちていくように。
体も心も、ずっと同じテンションで動き続けているわけではありません。
だからこそ、暦の中に、意図的に立ち止まる時間を組み込む。
昔から続いてきた習慣の中でも、「休む」という知恵は大切に考えられているのではないかと思います。
「休めない時期」ではなく「休んでいい時期」だった
鑑定でお話を伺っていると、「休みたいのに休めない」というご相談をいただくことがあります。
時間がないから休めない。
やることが山積みだから休めない。
休んだら、置いていかれる気がするから休めない…
このような方のホロスコープを拝見すると、「そもそも今は、外に向かって突き進む時期ではない」ということが分かる場合があります。
第4回で、車の運転を例に「時期」についてお話しましたが、覚えていますか?
人生には、快適に運転できる「高速道路」だけではなく、「でこぼこ道」や「工事中の道」になる時期がある。そして、これらの時期は、思うように物事が進まなかったり、頑張れなかったり、前に進んでいない感覚を覚えやすくなる、というお話でした。
このようなホロスコープが見えたとき、私はこうお伝えします。
「今は、休んでいい時期ですよ」
この一言で、涙ぐまれる方もいらっしゃいます。
それだけ長い間、休めない自分を責めたり、葛藤を続けてきたのだと思います。
「休む」ということは、現代を生きる私たちにとって、それくらい難題になっているのかもしれません。
また、人によっては、「時期」ではなく、そもそも動いていないと落ち着かないという「性質」が、休めない要因になっている場合もあります。
もちろん、それぞれのタイプで必要な向き合い方も異なりますし、鑑定では「時期」と「性質」をきちんと分けて見た結果をお伝えしていますので、ご安心ください。
インド占星術は、自分を客観的に見るための材料になります。
自分を客観的に見れるようになると、「どうして自分はこうなんだろう」という問いが、「そういう時期、そういう性質なのだ」という理解に変わっていきます。
そして、理解できたことは、やがて自分を責める対象から外れていきます。
私は、インド占星術を通して、このことを皆さんに知っていただきたいと思っています。
休むことは、前進をやめることでも後退でもありません。
自分に必要な時間であり、人生を進めていくためのとても大切なプロセスのひとつです。
休まないでいると、強制的に休まされることもある
そして、もうひとつ、お伝えしておきたいことがあります。
私たちは、自分の意志とは関係なく、強制的に休まされることがあります。
たとえば、体調を崩してしまったとき。
どんなに「もっと働きたい」「遊びに行きたい」と思っていても、身体の自由がきかない状態になってしまうと、休まざるを得ないですよね。
私がお伝えしたいのは、「休まなかったから体調が崩れた」というからだの仕組みの話ではありません。
不思議な話に聞こえるかもしれませんが、自分から休むことを選ばずにいると、思いがけない形でブレーキがかかることもあるのです。
強制的に止められる前に、自分の意思で少し止まっておく。
そうする方が、自分にとって心地よい休み方ができるような気がしませんか。
休む時間をなにかに委ねるという選択
けれど、「休んでいいですよ」と急に言われても、なかなか難しいですよね。
だから私は、「自分の力で上手に休もう」と頑張らなくてもいいと思っています。
むしろ、誰かに、場所に、半ば強制的に委ねてしまうことを試してはいかがでしょうか。
いつもより、ゆっくりお風呂に浸かる。
何も持たずに散歩する。
スパやトリートメントのように、人の手に頼る。
「休まなきゃ」と自分で自分を管理するのではなく、休まざるを得ない状況に自分を連れて行ってあげる。
頑張り続けることに慣れている人ほど、このような「委ねる時間」を意識して持つことが必要かもしれません。何かを考えるためでも、何かを得るためでもなく、ただ身を任せる時間をつくってみていただきたいです。
もし、休むことに罪悪感が湧いてしまいそうな場合は、予定として事前にスケジュールへ組み込んでしまうのもおすすめです。
おわりに|全6回を終えて
全6回、お付き合いいただきありがとうございました。
最後に、この連載でお伝えしてきたことを振り返らせてください。
インド占星術は、
未来を「当てる」ものではなく、自然のリズムを「読む」ための知恵であること。
欠点だと思っていたものは、直すべき不具合ではなく「設計」だったということ。
心を表す月は、周りの影響を受けながら、日々ゆらいで当たり前だということ。
人生には、「進む時期」と「チャージする時期」があること。
整えるということは、足すことだけでなく、引くことでもあること。
そして、引くことでうまれた余白で、休むことを意識すること。
すべてに共通していることは、たったひとつ。
「自分を責めるかわりに、自分を知る。 」
私は、インド占星術を「天気予報」のようなものだと思っています。
雨の日が続くことに腹を立てても、雨は止みません。
でも、雨が降ると知っていたら、傘を持って出かけることもできるし、外で思いきり遊ぶのは少し先にして、家でゆっくり過ごすこともできますよね。
人生も、それと少し似ています。
起きる出来事は変えられないけれど、受け止め方は変えられる。
自分が知っていることが変われば、見える景色も変わっていきます。
だから私は、人生の答えを決めてもらうためではなく、自分の人生を自分で選んでいくために、インド占星術を使ってほしいと思っています。
だから私は、人生の答えを決めてもらうためではなく、自分の人生を自分で選んでいくために、インド占星術を使ってほしいと思っています。
夜、ふと月を見上げたとき、「今日の私は、どんな状態かな」と、ご自身に目を向けてもらえたら。この連載は、大成功です。
最後に。
実は私、この秋から、ラピデムで鑑定のプログラムをおこなうことになりました。
インド占星術を通して、ご自身のことをより深く知りたくなったら、ぜひ。
最新情報は、ラピデムの公式インスタグラムで発信される予定です。
今後の投稿を楽しみにチェックいただけますと幸いです。
それでは、また星の話をする日まで。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。